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2017年4月

2017年4月24日 (月)

もう興味は無いのかも。

もう興味は無いのかも。

今日は行くんでしょう?
いや、行きませんよ
行った所で混んでるし
興味もなくなっているし。

昨日の夫婦の会話です。

銀座にまた新しい名所が
生まれました。
「最後にして最大」

以前だったら
行きたくて
観てみたくて
雰囲気味わいたくってと
勇んだことでしょう。

まあ一応はいろいろと経験を
積ませていただきましたから
もう別に良いかなという
感じになっていますから。

また性格的にも
煽られたり
振り回されたり
強制されたり
しなければいけないなどと
されるのが嫌いですから
あえて反抗したくなる
所もありますけれどね。

まあ今ならわかります
もうこの手は私には相当
場違いなのだという事がね。
いい加減わかります。

夢や希望を見させてくれる事は
とても大切だと思います。
でもそれが場違いだったら
それはどうでしょう?
勘違いだったら
どうでしょう?

商人的な見地から言えば
新しい商業施設は
今まであった施設を
凌駕するものですから
取って代わるものなのです。

そう考えると
その場所の呼び水には
なると思いますが
お客様を食われてしまう
可能性を秘めているわけです。

以前だった良いでしょう
発展途中、拡大途中なら
でも今もそうでしょうか?
まずは東京オリンピックに
向けてとなっていますが
その後はどうでしょう?

今の足元にしたって
疑問でなりませんが。

自分にあてはめてみても
シンプルで無駄を省く
そんなコンセプトが
これからの主流なのだと
思っています。

シンプルでもカッコいい
これを私などは目指しています。
というかやっと気づかされた感じ
まあどうしたって世の中は
格差が生じます。
カッコでもそうでしょう
全く同じ事をしても
カッコ良い人とカッコ悪い人
いろいろ出来てしまうことは
もうこれは仕方ありません。

だからいろいろと多様性は
あって良いのですが
それにしたってやはり
結果は出て来てしまうものです。
(気にしなければ関係ありませんが)

個性は内面、内に秘めるもの
考え方や想像力を現すもの
決して外見が個性だとは
言い切れません。

これからはそちらに重点を
置くべきなのではないかと
思います。
なかなか難しいこと
ではありますけれども。
だから磨きがいも
あるというものです。

さあこれからも
見て行きたいですね
世の行く末を
自分の見地で。

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2017年4月17日 (月)

映像よりも文字

映像よりも文字

まあ今の時期では
まだ全てテレビドラマが
出揃っていませんから
何か見たい衝動で禁断症状で
余計な時間を使いがちに
なってしまっています。

これが実に疲れます。

それであるならやはりいっそ
読書の方に没頭していたほうが
どんなに良いかと
つくづく思った次第です。

映像はともすると
ストレスをためがちになります。
安易に頭に入力できてしまいますし
刺激も強いですから。
感情もすんなり上昇させられます。

でもこれに慣れてしまうと
文字に戻り辛くなります。
だって人間は楽なほう楽なほうへと
行きたがりですから。

今回はやっとこれではいけないと
思った次第で力ずくでも
読書に自分を戻さなくてはと
絶対に自分が満足するであろう
本をチョイスして見ました。

東野さんの新刊短編集

170416_201630


新聞のコラムにも載っていた
笑のカイブツツ
著:チヤタカユキ

170416_201826


やっぱりどこかでしっかり
コントロールしなければ
いけないと思いました。

安易に映像にはまってしまうと
想像する力が退化を
起こしかねませんから。

文字は自由で無限の広がり
これに適うものはありません。
たまにはタブレットを手放して
本だけを読んでいたい
タブレットを買う前のようにね。

あの時の方が間違いなく
頭は柔らかかった。
危機感と共に
そんな事を感じ始めて
しまっています。

たぶんこの感覚は
間違いなし。
昔のようにまた本に
戻りましょうかね!

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2017年4月10日 (月)

死を覚悟した時

死を覚悟した時

その時、死に直面したんだ。
たから無性に不安になったんだ。
とんでもない恐怖を味わったんだ。
でもどうしようもなかった。
受け入れるしかなかった。
だから自らの思考を無意識に
停止してしまったんだ。

そう私は考えました。

もし私が死を覚悟したら?
どうするでしょう?

今の私なら
やり残した事はないかとか
他人に迷惑をかけたくはない
とか考えるかもしれません。
でもそれは脳がしっかり
働いている時の思考
その瞬間に人間は
何かのスイッチを入れる事が
出来てしまうのかもしれません。
恐怖から逃げるために
無意識のうちに一瞬で
思考の電源オフとする事を
選択できてしまうのかもと。

とんでもない恐怖
もしそれが継続したら
自ら命を絶ちたくなって
しまうかもしれない。
それを防ぐために根底で
持っている防衛本能。
思考停止という防御。

もうしっかり話すことが
出来ませんからその時
どうだったのかを
聞く事は出来ません。
想像するだけです。

痛みを緩和するために
モルヒネがあるように
恐怖から逃れるために
思考の停止もあるのだと。

これも本能のひとつ
死の苦しみから解放できる
高齢者なら決して戻らない
究極の防衛本能のひとつ。

そう思いました。

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2017年4月 3日 (月)

行きつけの床屋さんをとうとう変える

行きつけの床屋さんをとうとう変える

床屋さんをとうとう変えました
理容組合に入っている床屋さんから
1,000円カットの床屋さんへ。

今年に入ってから私は
スポーツ刈りにしています。
髭は自分でバリカンで
1ミリにそろえています。

そうすると
高いお金を払っても
ちょちょっとと
終ってしまうのです。

眉毛きり
まつ毛きり
耳毛きり
耳掃除
顔すり
襟すり
などのサービスも
時にはちょちょっと
やるだけになるときも。

だってね金額的に
3倍以上になります。
それで気持ちよく
ならないのならと
思って昨日十何年ぶりかで
千円カットへいったわけです。

この髪型ならこれで
十分だと思いました。
ものの10分もかからず
バリカンできれいさっぱりと
なりました。

余計な会話も必要なし
求める必要もなし。
ちゃちゃっと短く
してくれればよし。

これでは比べようもありません。
危機感を持ったほうがいいです。
残念ですがこれが
現実なのだと思いました。

こういう事は何にでも
いえることだなあと
つくづく自分にも
当てはまることだなあ
と思いました。

常に危機感を持っていないと!

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