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2014年7月

2014年7月31日 (木)

なんだかんだありましたけれどやっとね。

なんだかんだありましたけれど
やっとねようやく
そろいました。

201407310709000


201407310710000


201407310710001


定番といわれる
コンバースオールスター
白のハイカットと
黒のローカット。

なぜに簡単に
そろえなかったかというと

201407310711000


つま先の色が
白のコンバースの方が
やけにグレーっぽく
見えたのでそこが
気になって気になって
仕方がなかったのです。

でも定番といわれて
売れ続けているのですから
そこには何か訳があるはず
そう信じてやっと決心をいたしました。

でもね良くお店で観ると
他の色もどちらかといえば
真っ白ではないのですよね。

以前コンバースを
買ったときの失敗は
サイズがあっていなかったこと。
ここ続けてのコンバース買いは
これを解決できたことによるものでした。

そしてやはり私好みのデザイン
そしてコストパフォーマンス。
夏はこれでしょっ!
これで決まりでしょっ!
って感じです。

やっとこれで
ほんとにやっと
スニーカー考はこれで
一段落でしょう。

突き詰めることって
実に面白いです。
勉強になります。
個性を育みます。
感性を高めます。

さあ次は
スーツか!
何ちゃってね。


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2014年7月30日 (水)

平面と立体の差。

平面と立体の差

二次元と三次元の差
こういってしまえば
もう次元が違う
お話なのです。

比べること自体が
おこがましい感じにも。

ジャケットでそれを
はじめて感じました。

ジャケットを持ったとき
袖を通し始めたとき
肩に乗せたとき
ボタンを締めてみたとき。
異次元体験でした。

立体感って
こういうことなのかと
体感いたしました。

もちろん
飾ってあるときも
立体感があって
とても美しく綺麗でした。

いや、またこういうのを
追求しだすと
きりがなくなってきますね。
お金もたいそうかかりそうです。

でも試してみたくなっています。
でもすぐには飛びつかず
自分なりにいろいろと
調べてみようと思います。
奥も深そうですから
当分、いや一生
楽しめるかもしれません。

まさかね
こんなところまで
くるとは思いませんでした。
この私がねェ。

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2014年7月29日 (火)

何、この感覚は?

週末あるところで
スーツのサンプルを
着させてもらいました。

手に持ったときから
なにやら私が持っている
今までのものとは違う感覚。
袖を通すあたりから
その感覚は増すばかりです。

羽織った時の
立体感
包み込み感
サイズ感
シルエット
今まで味わったことがない
感覚でした。

まあそのときは
ここまで書いた感動は
実際にはそれほど
なかったようにも思います。

今日になって
その感覚がよみがえってきました。
私のもっているJKを
今片っ端から羽織っていますが
やはり異次元の感覚だったんだと
今改めて納得しています。

いやこれは
いろいろ試してみる
価値はありますね。

俗に言う最高級のスーツ
の試着を片っ端から
したくなりました。

私の信条
トライ&エラー
の血が滾りだしました。

最近はなんとなく
つまらなかったですから
素材に凝ってみようかなあ
素材を調べてみようかなあ
素材を勉強してみようかなあ
などと思っていたところでした。

うふふふ
楽しむことは
自分で見つけていかないと
駄目ですね!

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2014年7月28日 (月)

情報を得ようと思ったら気にしていなければダメ!

まあそういうことです。
気にしているからこそ
情報も集まるものです
情報が飛び込んでくるものです。

ほんとに気にしているのと
気にしていないのとでは
段違いに違いが出るものです。
ほんとに不思議なくらいです。

興味を持つ
気にする
情報収集は
これに限ります。
この姿勢ありきですね!

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足し算から引き算、そして安定、収束。

足し算から引き算、
そして安定、収束。

私の揺れ動く様が
今は安定へと
向かっています。

足し算の時は
まあ~っず
足し算のことしか
考えていませんでした。
いくら足しても足しても
気が済みませんでした。

そしてふと
飽きがやってきました。
面倒になりケチになり
シンプルが良いといって
今度は引き算です。
まあ~っず
シンプルなこと。
お金も使わなくなりました。

そして足し算、引き算の後は
まさに自分らしい
装い、佇まい、行動、考え方
やっとそこに落ち着いてきました。

なんのてらいの無い境地。
やっとここまで来れましたね。

いろいろな振幅があって
やっと収束を見る。
でも決してそれは
つまらなくなったことではなく
進化の過程だと思います。

よりよいものは
求め続けています。
無駄が省かれています。
本当の意味で
心躍ることだけ
それのみを求めての道。

いいですね!
望んでいた通りに
なってきました。
今までのことは
間違ってはいなかったと。

とにかく
トライ&エラー
でしたが
これからも
トライ&エラー
なのでしょうけれども
今までとは気持ちや考え方が
違ってきています。
良い方向へと
誘(いざな)われていると思います。

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2014年7月27日 (日)

読み返してみるものだなあと。

どうしてもアンソロジーの短編集には
目がいってしまいます。
それも気になる題名なら
なおさらなことです。


201407202244000


今回もだいぶ以前に
読んだことがある本を
また買ってしまいました。

このような場合に私は
自分の失敗なのですから
仕方ないと読まずにいましたが
今回はどういうわけか
読んでみることにいたしました。

そこで思ったこと
印象に残る作品とは
必ず思い起こすことが
出来るものなのだと。
それだけその作品が
何か力を秘めていた
ということなのでしょう。

もちろん記憶に残っていない
物語りもありましたから
何か思い起こさせる
確かな理由があるのだと
思いました。

今まで短編は
いくら読んだのかは
もうわからなくなっています。
しかしもう一度読んでみれば
何かしか記憶を呼び返す
はずと思っていましたが
そうではないのですね。

特に印象に残ったものだけが
記憶の片隅にまたは
潜在意識の中に
残っているものなのだと
今回はじめて気づきました。

そういう意味では
今回の重複の本を
買ってしまったことも
私にとっては
必然だったようにも
(行うべくしての行い)
思います。

今までしなかったことをしてみる
あえて答えを検証するために
やってみることは
大切なことだと思いました。

無駄を無駄とは思わずに
自分の糧や発見に
結び付けていくことは
実に必要なことだと思いました。

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2014年7月26日 (土)

小説の文章ってすごい!

今日は
『私の男』
を観てきました。

浅野さんが
とっても雰囲気があって
すごくよかった~っ!

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そして今持ち歩いている小説
『最後の恋』
短編なのですが
その一編のなかに

201407202244000


恋愛の
「ときめき感」
が懐かしくなったら
映画とか小説とかで
擬似恋愛すればいい。

いや、参りましたね!
出会うときって
こういうものなのです。

今日の映画は
とってもよかったです。
ますます私の観るレベルが
上がってしまった感じです。

感性を磨くことって
積み重ね
積み上げ
だと思います。

そして決して
後戻りはいたしません。
レベルを上げる一方です。

そしてその時に
導いてくれるものとの出会いでも
必然が作用するのだと
思わずにはいられません。
人生とはそういうものようです。

今日もまたそう
改めて思いました。
そしてなかなか面白い
人生を歩んでいるなあと
改めて思いましたね。


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紺ではなく濃紺。

紺ではなく濃紺。
この違いです。
この違いが重要。

最近はこんなことばかり
を考えているようです。

言葉尻でも微妙なところ
少しの違和感を感じられること
この感覚を大切にしています。

昨日届いた本にも
軸になる色は6色
というところで


濃紺

グレー
ベージュ

この濃紺と書かれていたところが
私はすごいと思いました。
この先生のすごいところ。

私もこれらの色を
知らず知らずのうちに
基本としていました。

っということで
理にかなっていたということです。
(うれしい~っ!)

私の場合も
トライ&エラー
でここまで生きてきました。
これからもそうなのでしょう。

身についてきていることは
確実に身についてきている。

私の場合は
トライ&エラー
ですから後になって
理にかなっていることがわかると
す~っと腑に落ちます。
初めに能書きありきでは
私の場合はどうしても
駄目なようなのです。

無駄なことでも
失敗してこそなのです。
それが糧となしています。
仕方が無いですね
そういう性格ですから。

微妙な違い
微妙な違和感
これからも大切にして
いきたいと思います。

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2014年7月24日 (木)

なんとなく妥協していきている、だからつまらない。

なんとなく妥協していきている、
だからつまらない。
そうなのかもしれません。

以前はもっと冒険はしたし
チャレンジもしたし
向きになって見境なく
行動をしていました。

最近ではお金を使うことに
気にし過ぎていますね。
お金を使わなくても
頭を使えば面白いことは
いくらでも出来るものです。

前ほどいろいろと
試すことがなくなりました。
試す前にわかってしまうから
最近はこの傾向が強いようです。

映画を観ることが
特にその傾向が強いです。
たぶんつまらないだろうってね。
戦いもの戦争ものは
全く見なくなりました。
楽しさを感じません。

本もその傾向があって
少し読んで
あっ、これはって
つまらないって
感じてしまうと
そこでやめてしまう
そういう傾向があります。
決して根が続かなくなったと
いうことではありません
早く見切ってしまう
これなのでしょうね。

ただなんかすごいことって
いうものや人にも敏感に
反応できるようになってきた
と思っています。
昔では感じなかった感覚です。
この感覚はとても大切にしています。
これこそが私だけの感覚。
私のアンテナがキャッチしたことです。

そう、感覚ということでは
大丈夫なのです。
ですから妥協しないことなのです
時間やお金、行動制限に
妥協をしなければいいのです。

っといいながら以前のように
闇雲にとはいきませんから
つまらないのでしょうね。

ぶれずにじっくり構えたら
いいのかもしれません。
焦る必要は無いのかもしれません。
こう書き出してくると
納得してくるものです。

無いものは無い
ただそれだけなのだと思います。
出てくれば必ず気がつく
それまでじっくり構えていれば
いいわけです。

そういたしましょう
そうすることにいたしましょう。
そういうことです。
焦る必要はなし。
なのです。

これぞ自分が自分に
議論して導き出した
結論ですかね。
書き出すことは
実に面白いものです。

はあっ、すっきりした!

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2014年7月23日 (水)

ペンを使うようになると整理整頓するようになる。

ペンを使うようになると
整理整頓をするようになる。

まさにそうだと思います。
ペンで書き物をすると
机を広くしておかなければなりません
必然的に整理整頓するようになる
これは道理ですね。

今までパソコンがあれば
何でも出来て多少散らかっていても
なにも問題がありませんでした。

昔は常に私の机の上には
落書き帳がありました。
そこに何でも書いていました。

イメージを広げるために
想像を具現化するために
文章の下書き
手紙を出す時の宛名の練習
そして常に落書きを。

ペンケースと辞書と落書き帳
これさえあれば何でも
出来たように思いました。

パソコンで日記を書くようになってから
どんどんペンから離れていってしまいました。
字を書かなくなってしまいました。
落書きもしなくなりました。

これではいけなかったのです。
せっかくパソコン机と長机
二つあるのですから
長机の方はペンで書くように
しておかなければいけないのです。

ペンを走らせる
実に心地よいことなのです。
最近目も悪くなってきました。
長時間のパソコンが
つらくなってきています。
これはとてもいい機会なのです。
ペンを使う頻度を大いに高めましょう!

そのためには机の上を整理整頓。

ねっ!

まさにそうなるでしょ!

ってね。


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2014年7月22日 (火)

書くということ。

パソコンで文字を
打ち込むようになってから
めっきり書かなくなっています。

昔は筆記具を集めることが
趣味だったようにも
思います。
集めることも
いじることも
それが楽しかった!

でも本来
字は書くこと自体が
楽しいことなのです。

ペンケースを何度
しまってはだし
しまってはだしを
繰り返していることか。

最近のどうもつまんない感
にはほとほと参っていました。
本もそれなりのに出合わないと
つまんない!と
映画も観る前から
これ、大した事ないかも!とか
銀ブラも
出かけてもねえ!とか。
(こちらはお金が無いので
買えないのに出かけてもねえと)

そんなおり
封書の宛名書きをしただけで
何か心が癒されました。
楽しかった!
のです。

201407220556000


面白いですね
そんなことでねえ。

やっぱり字は打つのではなく
字はペンで書こうってね!

綺麗でなくても良いんです
何を書いても良いんです
書くことはとっても自由。
文字でもいいし
図でもいいし
絵でもいい。

書きたいことを
お気に入りのペンで
スラスラ書くだけで
いいのです。

また原点に戻りましょうね。
ペンを握って
書くことは楽しい!
これでいいのです。


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2014年7月21日 (月)

負けないこと。

まずは負けないこと
ですかね。

私は商人ですから
勝ち負けがついてまわることが
よくあるように思います。

相場にしてもしかり
商売にしてもしかり。

でもね結局
行き着いたところは
負けないことなのです。

私の性格上
勝ってばかりだと
どうも気が気でないのです。
大勝でもしたときには
なおさらです。
いつしっぺ返しを食らうかと
身構えるばかりです。

負けがこんでしまっても
いやなものです。
めげるばかりです。
焦って起死回生を狙っても
結局、負けがこむばかり
ドツボにはまりかねません。

勝つのがほどほどで
そして負けないことが
何よりなのです。

失敗したとしても
負けないこと。
失敗しても傷口を
大きくしないこと。

失敗は改善の余地ありなのです。
失敗を自覚し
次につなげることができれば
取り戻すことが出来ます。

トータルで負けないこと。
マイナスを出さないことです。
もしマイナスを出しても
少しずつ取り戻せばいいのです。
いっぺんにと思うことが禁物です。

負けないことが
すなわち
勝つことなのです。

まっ、
勝たなくたって
負けなければいいだけです!

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2014年7月20日 (日)

シンプル。

今日の出で立ちは

白の細番手の上質Tシャツ
501のジーンズ(2013)
黒のコンバースオールスター

いたってシンプル。
本屋にいっている時に
呼ばれてしまって
そのまんまこの格好で
池袋まで出かけてしまいました。

自分では何も気にしません。
別に周りに不快感をもたらす
格好ではありませんから。
いたって清潔感があえて
かもし出されているようにも。
(私の狙いでもあります)

シンプルに行き着いてしまうと
もう後戻りは出来ません。
ガチャガチャした感じや
気難しい感じ
今流行の感じは
全く装いたくなくなります。

もう私の流れは
こちらに傾いてしまったので
他の方向へは向きません。

シンプルは私の生き方
そのものですかね。
いろいろやってはみましたが
結局は私の性格もあるのでしょうが
落ち着くべきところが
『シンプル』だったわけです。

今後はいかにシンプルを
突き詰めていくかでしょう。
またその中でこだわりを
求めていくこととなるのでしょう。

私らしい生き方
私らしい考え方。
これが私の基本です。

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2014年7月19日 (土)

『嗅覚』

『嗅覚』
私は信じています。

今回もそれを感じました。

ふと見たTVで
上橋菜穂子さんが
アンデルセン賞 
児童文学のノーベル賞

私の嗅覚が
これをキャッチして
私に選択を求めています。

私は自分の嗅覚を信じて
早速、本を注文いたしました。

ちょうど今、私は
本の選択に迷っていました。
『村上海賊の娘』を
読み終わってから
次のこれといった本に
巡り会えていません。

私の嗅覚が
今度はこの本を読めと
私にいっています。

私はその内からの言葉を
信じるだけです。
私は私の嗅覚を
信じているように
何の疑いも感じることなく
選択し行動をいたしました。

本当の結果は
その本を読み終わって
からなのですが
もう手ごたえを感じています。
それも『嗅覚』なのかと。

何かに
導かれるように
惹かれるように
魅せられるように
感じるこの『嗅覚』
私にしっかりと備わってきたのだと
うれしく思っています。


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2014年7月18日 (金)

縛りを取った。

縛りを取りました。

今までネームバリューにぶら下がって
私のつぶやきを書いていましたが
そこから切り離すことにいたしました。

一番の縛りは時間でした。
朝の出かけるまでの時間内に
書き上げなければいけない
という緊張感を十何年間
続けて来ました。

でもこの緊張感が
私を育ててくれた観が
ありましたけれども
でも所詮はぶら下がり
の中でしかなかった。

本来は私自身の文章だけで
評価を勝ち得なければ
いけなかったのです。

今回、あるきっかけから
別々にしようと決心をいたしました。
ここ最近、考える所もありましたので
そういう意味ではいいタイミング
だったのかもしれません。

切り離してみて
縛りを解いてみて
よかったなあと思います。
自由になれました。
これが何よりです。
制約が外れたことで
怠慢になってはいけないのですが
そこは常に戒めて
とにかく書くこと
今まで以上に書く事
これを心がけます。

マイナスを憂えていてはいけません。
解放されたことをプラスに
しなければいけません。
縛りや制限がなくなったことで
なお一層精進をしなければいけません。

自由って
とってもいいですね!
本当にそう思いました。

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2014年7月17日 (木)

貧困の連鎖。

私は親には感謝しております。
もちろん死んだじいちゃんばあちゃんにも
感謝申し上げています。

だって住むところと食べることには
苦労をしたことがありませんから。
家はあったし
食べるものはあったし
家賃を払ったことは
いまだにありません。
(結婚してからも)

そして今の息子たちも
住むところがあって
食べるものがある生活。
(成人してもいまだ同居のまま)
もちろんうちの家業を
手伝ってくれていますから
当然ではありますがね。

息子たちの稼いでいるお金は
すべてお小遣いとして使える生活。
ここが貧困層とは違っているわけです。

貧困をなくすには
この住むところと食べるものの
提供が必要なのかもしれません。

でも決して怠け者で
あってはいけません。
ともすると何にもせずに
これに甘んじてしまう
そうであってはいけません。

親と仲がいいこと
これが何よりです。
わざわざ働くようになって
独立して住む所を別に構えたら
お金はみるみる飛んで
いくようになくなります。
誠にもったいないこと
無駄なことです。

また考え方としては
一人で住むことほど
無駄なことはありません。
二人で住むに限りまう。
ですから早く彼女と住むなり
結婚をして住むなりが
望ましいと思います。

最近の結婚をしない
結婚が出来ないのあり方には
私としては疑問を
感じてしまいます。

貧困の連鎖には
理由があるように思います。
自分勝手では
貧困の連鎖からは
ぬけられません。

助け合うこと
パートナーを早く見つけることに
真剣に取り組まなければ
いけないと思います。

所詮一人の力は
一人の力なのですから。
もっと利口に生きなければ
いけません。


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2014年7月16日 (水)

LINE上場へ思うこと。

私はLINEは使っておりません
まだガラケーですから。(笑)

昨日のニュースでも
子供たちが友達との付き合いといっては
携帯に振り回されているとか。
時間制限をする動きにも
なっているとか。

まだ自我が出来ていない子供たちに
携帯やメールは凄いストレスを
もたらすと思います。

大人にしてもネットから
完全には手を引くことが出来ない状態。
これはまさに虜となっています。

道徳的にも和を求めることは
推奨されていますが
友達がいなくても
別にかまわないと思います。
まして本当の友達となると
実際には出会えるのかどうかともね。

別に今の世の中
一人でいてもいいと思います
愉しむ術はいろいろあるのですから
ある意味友達は
わずらわしいものだと思います。
一人の世界は
なんと気ままですばらしい世界と
私は思います。

学生のときは
私も友達がたくさんいれば
いいと思いましたが
本来の私の性格は
一人が大好き
だと最近分かってきました。

うちのかみさんも友達がおりません。
どういうわけか二人は出会い
初めのうちはかみさんのことが
不思議でしたが今となっては
そのことが良く分かります。

かみさんいわく
「あなたは本来ひとりが好きな人間」
はじめからそう見切っていたようでした。
ひとりが好きな人間は
ひとりが好きな人間のことが
良く分かるものです。


お互いに尊敬しあい
お互いに尊重し合い
相手の領分を侵さない。

今の子供たちが
大人になってそういうことが
出来るようになるのでしょうか。


一人でいる時間を
もっともっと大切にするべきです。
小さいときにたくさん本を
読んでおくべきなのです。
携帯などやっていないでね。

自分を作る時期に
相手に振り回されてしまっているようでは
おかしなものになってしまいます。

勉強勉強といっていた問題から
今度は携帯携帯といっている問題
もっとしっかり大人は子供たちを
導いてあげなくてはいけません。
ひとりでも何もおかしくはないのだと。

大人も不甲斐ないようですから
それも期待薄なのでしょうかね。

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2014年7月15日 (火)

今を肯定するために過去を否定するのか。

今を肯定するために
過去を否定するのか。

此間、お店て
新しい靴に魅入って
しまいました。
私がすでに持っている
ストレートチップの靴の形。
でもこれがとんでもなく
セクシーな靴なのです。

同じお店で買った靴でしたので
実際に並べて比べてみると
段違いで新しいその靴のほうが
すばらしい出来栄えなのです。

木型も最新で細身
カーフも艶々でトロントロン。
なんとカッコいい靴なのかと。

でもそこで私が店員さんに言った一言
「もし新しいこの靴を買ってしまったら
前の靴は絶対に履かなくなってしまう」
って言ってしまっていたのです。

たぶん間違いなくそうなってしまいそうです。
または雨の日用におろしてしまうと。
(靴底が革なので決しておろせません)

でもね
今を肯定するためには
過去を否定しなければ
ならないことが
あるのかもしれません。

もったいない
残念
仕方がない
なんとむごい

さらによいものに出会ってしまうと
それまでのものは否定しなければ
ならなくなってしまう。
まったくわがままな人間とは生き物です。

でもそうして進化や発展を
していくのでしょうね
この過程は常に訪れる
試行錯誤の連続のひとつ。
このことを府に落とさなければ
先には進めないのかもしれません。

まだ決断をしていません
私はどう選択をするのか?
今はとにかくお金のことが頭にあって
そのことで思考が止まっている状態
それに助けられている感じです。

さあさあ
どうする自分。

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2014年7月14日 (月)

発想よりも感受性か。

なかなか発想などは
思いつかないもので
日々の行いから
何かを見つけ出すこと
考え出すことは
大変なことだと思います。

でも感受性の訓練は
好きだと思うことや
気になること
違和感に気づくことで
養うことができると思います。

週末の映画の選択
まあ時間の制約もありました。
上映時間に間に合う間に合わない
ということもしかり。
もう一方の映画は
『私の男』

これは必然性も加味されますが
私はなんとなく目に見えない
何かの力に仕組まれていたようにもと
そんな感じにさえとれました。

観に行った映画は
『好きっていいなよ。』

201407122005000

高校生の恋愛映画なのですが
まあよかったこと!
50過ぎのオヤジが
観る映画では
ないのかもしれません。
周りは若い女の子ばかり。

でもね
観たい映画
感動する映画
良かったと思う映画
にはそんな制約は
関係ないと思いました。

そして帰ってきてからは
ネットでアニメ版の
『好きっていいなよ。』
を見てしまいました。

これもよかった!

深夜まででは見切れず
日曜日の朝も続きを
観てしまいました。
全13本。

心ときめくことって
良いですよね。
いくつになっても
いいことです。

まあこのことに関連した
ことなのかどうかは
わかりりませんが
(感受性の観点からたぶん関連している)
何か心を後押しするものが
あったのだと思います。

恋愛に走る!

別の意味では
そうなのかもしれません。

好みの切り替えでした。
それも無性に
変えたくなった事
我慢できなくなった事
これも感受性が
増したからなのでしょう。

色にこだわりが出てきました。
気に入らない色は
許さない的なこととしてです。

また変わっていけるように
思いました。
たとえ変化のきっかけが
ある出会い(映画)からだとしても
それは必然の流れだと思って
受け止めたいと思いました。

何かを生み出す発想
自分を変えていける感受性
最近の私は感受性に
走り勝ちのようです。

発想は実に難しい!
ってね。

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2014年7月 7日 (月)

なんもしない。

何もしない。

初めから終わりまで
それならいいのです。

ヘタる必要がありませんから
だって初めから
ヘタっていたのですからね。(笑)

何かをしようと思うから
負担がのしかかります。
予定や計画をを立てるから
きつくなります。
できなかった時の反動が
マイナスに働いてしまいます。

何も構える必要は
なかったのです。
体を休める
何にもしない
勝手気まま
それでよかったのです
だって休日なのですから。

それよりも毎日の日々を
大切にしなければいけませんね。
まあそれが再認識し
改めてわかっただけでも
よしといたしましょう。

何かこのままで
行ってしまうことが
寂しいように思います。

私は
これだけのものだったのか
こんなものだったのか
とね。
寂しい限りです。

老いは
さびしいこと
つらいことです。

参りましたね
この弱気には。
笑うしかありません。


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