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2009年6月

2009年6月29日 (月)

いやはや何ともこの状態は…

6月も今日入れて後2日。
いやいや、
何とも、
世の中、不景気。
手の打ち所がないか?

この場で攻撃的に前向きに
打って出られる人は、
とんでもなくすばらしい。

私などは読書で時間をつぶしている有様。
はやく週末にならないかなあってね。
でも週末になったからって
何かをするわけではない。
余計な出費もせず
やはりひがな1日を
読書でまったり過ごしてます。

難しい選択を強いられていますね。
資金を使って実験的に事を起こすか?
もちろんダメで元々なんて思っていませんが
痛手を被らない範囲は当然視野に。

でもこういうときは
頭の中だけのシミュレーションに限ります。
期間をしっかり限定して。
たとえば1〜2ヶ月この期間だけ、
それまで結論や見通しを明らかにする。
これが重要でしょう。

だらだら、ジャブジャブ、際限なくは
御法度です。

考える、考えつくす。
もう考えられない。
この経験は今回だけでなく
今後も活きます。
間違いなく活かされます。

私も8月いっぱいまで
考え続けます!

そのためには、
読書に逃げ込まないように
しないとね!

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2009年6月26日 (金)

泉谷しげるのロック

泉谷しげるのロック魂は
RCからのパクリだとか。
(バカヤロー!帰れ!などの暴言)
今日のラジオで聞きました。

ロック魂とは
反体制、
自己主張、
こびない、
我がまま、
自分勝手、
などなど。

でも世の中でのカッコ良さって
そういうところからくるのかもしれない。

私は、まじめ人間、おもしろみのない人間、
でした。
融通は利かない、まっすぐしか見ることができない人間、
でした。

変なところで応用は利いた、
いつも夢を追いかけていた少年、
でも上記の性格で芽は出なかった。
(今も芽は出てはいませんけれど)

でもカッコいい人って
どこか型にはまらないで
憧れるところがあった。
自分もいつかはそうなりたいと思った。

世の中での成功者は
どこかしかロック魂を持っている。
変わっている、まねできない。
でも憧れる、ひかれる。
惹きつける、魅了する。

大半の人が向いている方向とは
逆の全く違う方向を向くこと。
ある意味、そっぽを向く。
これはなかなかできないことだから
かっこいい!こと。
普通ではできないことだから。

私もこれからの人生は
(残り少ない人生)
ロック魂を大いに出していきたいと思う。
ほかとは違う、みんなとは違う生き方、考え方。
そしてカッコ良く生きていきたい。

今まできまじめで融通が利かない人間だって
ロック魂はもてると思います。
変わることはできると思います。
要は、おこなうか?おこなわないか?
です。
その違いでしょうね。


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2009年6月24日 (水)

脳の不思議

自分の脳を、
いかようにもコントロールできたら、
そんなことを考えてしまいました。

スイッチを入れるように、
良いアイデアを出せと
自分の脳に指図すれば
瞬時にイメージがわいてくる。

どんな難問にぶつかっても
解決しろと脳に指図すれば、
解決策が出てくる。

もちろん運動能力も
脳への指図で飛躍的に向上、
007の加速装置も真っ青。

今朝は自分の脳が
勝手に機能していた感じがして
まんざら上記のことが夢物語では
ないのではと思いましたね。

今回の現象のきっかけは
読書がポイントでした。
脳の活性化を促して
体の疲れが睡魔を伴って
でも脳の一部分は活性化したままで睡眠、
夢を見るときに活性化の状態が継続、
自分の脳ではない感覚を味わえたということ。

まだまだ人間の脳は神秘のるつぼ。
自分自身でスイッチを入れられるようになったら
とんでもない可能性を引き出せる。

もし脳の能力を100%使いこなせたら?
うれしいやら楽しいやら
心配やら恐ろしいやら、
制御不能になったら取り返しがつきませんけど。

でもまだ見ぬ夢物語として
自分の脳を自分で思い通りに活用できたら?
今朝はふとそんなことを思ってしまいました。
何か助走やスイッチは存在するものと思います。
今朝の自分の状態は
そんなことをかいま見た状態でしたから。

この現象の再現性を試してみたい、
(自分の脳を実験材料にして)
ますます読書にのめり込みそうですね。

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2009年6月22日 (月)

踊らされて

私は踊らされていたとは思っていません。
私が勝手に踊っていただけ。

そうなんです。
相手は商売なんですから、
ホステスさんがお客さんに
連絡を取ることと同じ。
しなを作ったり、
おべっかを使ったり、
優しくしてくれていたり。

お金の切れ目が
縁の切れ目。

昨日はワイシャツを作りに行ったり、
アウトレットに行ったり、
買い物はワイシャツだけでした。

期間限定セール!
通常、2枚10,500円を
どれでも3枚10,500円。

オー、1枚10,500円のを3枚買えるかも!
そんな期待でいきましたがさにあらず、
やはり高い方は隠されていました。
そりゃそうだよね、
そんなわけないよね。

皆、損しては商売はしていない。
お客さんのためを思ってご奉仕!
そんなはずはない。
踊らされているだけ。

アウトレットでは私は見ていただけ。
こちらもオールシーズンバーゲン!
別にもう買うものがない。
着て歩くものは余計にはいらない。

お父さんどうしたの?
銀座にも遊びに行かないの?
お金使わなくたって行ってくればいいのに?
鬱病になっちゃった?
元気ないじゃない。

踊らされることにも
別に気分が良くなる感じでもなく、
父の日だからと言って
自分にご褒美を買わなくてはいけないこともない。

お客さんは
踊らされるだけ。
本当の意味での満足感って
それでは得ることができない。

ちょうど「春の雪」も読み終えて
次はどれにしようかと思っていたら、
村上さんの「1Q84」が届きました。
箱から急いで出して
外側にカバーを掛けて
早速、読み始めました。
うーん、これは極楽!至福!

踊らされるより
自分で踊る方が良い。
それも自分がしたいように踊ること。

世の中の景気はどう?
人の動きはどうなっていくの?
そのためには外に出て行って
空気を肌で感じなくてはいけないのでは?

今の私には必要ありませんね。
そんなことより自分の時間が大事。
自分のために何かをすることの方が大事。

皆を見れば
自分も踊らされてしまう。
まわりが気になれば
作用されてしまう。

良い機会でした。
お金がない、儲けがない。
良い機会です。

本は安いです。
映画もレイトショーなら安いです。
音楽もCDなら安いです。
美術館の入館料は安いです。
新宿御苑の入館料は安いです。
公共のプールは安いです。
自転車なら移動にお金がかかりません。

踊らされなくても
十分楽しむことはできます。
これで必要十分です。
結局このスタイルが
自分には合っている。

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2009年6月15日 (月)

相対的な優越感か絶対的な優越感か

人は相対的な目線で
ものごとを比較する。
これとあれを比べてみてどうなのかと。

経験と言うことも
相対的な比較に通じてしまう。

もちろん人の意見というのも
往々にして相対的に述べられている。

私は個人というものは
絶対的な目線があっても良いと思う。
自分はこうだ!
私はこう思う!
私はこうでなくてはいけない!

結果は結果だし、
価値観は人それぞれで
当然違っていてしかるべきこと。

あまりにも今の世の中
情報に振りまわされすぎです。
CMの如何で流れが左右されてしまう。

良いものは良い、
好きなものは好き、
嫌いなものは嫌い、
気に入らないことは気に入らない。
当然、そうであっても
全く問題がないわけです。

でも自身に絶対的なものがないから
ブレが生じてフラフラしてしまう。

相対的な優越感か?絶対的な優越感か?
と聞かれて私なら
絶対的な優越感を望む。
もうこの域ではまわりなどは関係ないんです。
自分がこう思うことが絶対!
自分自身以外はすべて関係ない。
同じ考え方であっても
あなたと私はこの件ではたまたま一緒ね
これで良いのかもしれない。

同じ枠にいなければいけないことはないし、
取り込まれる必要もない。
洗脳される必要もないし、
強制される必要もない。

自分の価値観において
自分がなによりそれでいい、
一番だといってはいない
誰とも比べてはいないのだから。

強いていえば
結果だけは平等についてくるということ。
評価するとすれば結果、
評価されるいわれもないけれどね。

とにかく自分を磨くのみ。
枠にとらわれず
進みたいように進み。
やりたいように行う。

絶対的な優越感
まだまだ道のりは長い!

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2009年6月11日 (木)

人間、ストレスから解放されることはないのか?


方法論がバレバレになってしまうと首を絞めることに。

松屋さんのバーゲンスーツが一人勝ちのようです。
本当なら10万円はするスーツを
3〜4万円で販売、目玉は9,800円のスーツ200着。

高級ブランドスーツを3万円台で売れるのには、
いくつかのワケがある。
第一に、日本の販売会社を通さずに
イタリアの卸業者から仕入れていること。
第二に、物量を引き取ることによるディスカウントだ。
前回の催事を上回る量を発注して引き取っている。
『週刊ダイヤモンド』より

こうネタバレされてしまうと
ほかの追従も許してしまう。
人が探しあてたり構築した方法論
試行錯誤や時間と労力がかかって
やっとあみ出した方法論なのに、
わかってしまえば自ずと競争は激化してしまう。

今度は紳士服専門店やスーパーが
同じやり方で攻勢をかけてくる。
また新しい方法論を探さなければいけない。

情報にはやはり価値がある。
公開してしまうと価値がなくなってしまう。
もうすでに次に移っているならば
古く浮沈した方法論をさらけ出しても
別にかまいはしない。

仕事がなくなってくる、
儲けを出せなくなってくる。
そうするとすでに結果が出ている方法を
まねして競争したくなるもの。
世の中はそれのいたちごっことも言える。

いつでも誰よりも新しく斬新で
成功する方法論を見つけ出し続けることは
相当な困難がつきまとう。
全くのシークレットを突き通すか?
次から次へと新しいものを見いだすか?
競争のスパイラルに入ったら
なかなか抜け出すことはできなくなる。

人間は永遠にストレスから
解放されない生き物なのかもしれない。
考え出す宿命からは
逃れられないのかもしれない。

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2009年6月10日 (水)

お金を刷りすぎたツケ

お金を刷りすぎたツケ。

自国の通貨を刷りすぎると
通貨の価値がなくなり
国債の金利が上がってくる。

また自国の通貨でドルなどを買えば
ドルが上がって自国通貨の価値が下がる。

今ドルはどうなっているのか?
刷りすぎて世界にジャブジャブに流れ出している。
価値がなくなり金利上昇が起き出している。
その金利分を儲けでカバーしようと
株や商品相場、為替など
金融商品に投資するようになる。

金利分以上に儲けが出ているうちはよい。
そうでなくなってきたらどうなるのか?

材料を仕入れて
加工して
付加価値をつけて
流通でも儲けて
消費者へと商品は届く。
その儲けの総計がGDP。

人間の営みからの儲けなら間違いはない。
頭のいい人が考え出した金融派生商品。
大きな資本があれば
お金がお金を生んでくれる仕組み。
幻想として打ち出の小槌的な
そんな都合の良いことが
未来永劫続くわけはない。

今年、年金関係の投資利回りが危ないらしい。
元本そのものもおちおちしていられない。
皆がインフレになってくれてと思っている。

果たしてインフレになれば何でも解決するのだろうか?
モノの価値とは単純に少量のモノが価値を生む。
多く出回るようになると価値は下がってくる。
皆が皆、持っているようなモノは価値は低い。

人為的にだぶつかせたお金は
一体どうなってしまうのか?
協調体制をとったから
皆が一斉にだぶつかせたのだから
歪みは生まれないといえるのだろうか?

自国の通貨の暴落を
ドルを買って支えることができるのだろうか?

一度、行き着くところまで
いかないとダメなのかもしれない。
地獄を見せられないとわからないのかもしれない。

大恐慌時もリバウンドはあったらしい。
半値戻しもあったらしい。
今の相場の動きは
やはり同じような動きをしているらしい。
人間が動かした相場ですから
人間の心理状態は今も昔も変わらない。

そうするとこれからが未曾有の大不況。
これから訪れるものなのですね。
本当に心してかからないと。
情報に振りまわされずに
人間の心理をよく読んで
皆と反対の行動をとるべきですね。
さすれば勝機は自ずと訪れます。

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2009年6月 6日 (土)

積み上げられたもの

積み上げられたものには価値がある。
年数をかけて積み上げられたキャリア。

何年か先、結果を出したいと思ったら
今すでに自分に積み上げているものがないといけない。

ただ何もしないでいる人、
今、何かをしていないとダメだと思ってる人、
もちろん今、何かをしている人、
すでにその間には確実に格差が広がっている。

格差社会はいけないといわれているけれど、
やっている人とやっていない人
同じ訳はないし平等のはずはない。
平等であってはいけないと強く思う。

私も読書を本格的に行ってやっと5年。
ネットがらみの配信が10年。
ブログも4年はたっている。

やっと自分の文章の下手さ加減が
客観的にわかるようになってきた。
それも急にわかるようになった感じに。
何かが現れるときはこうなのかと
変に感動もしている。

文章をうまく書きたい。
今の私の目標がこれ。

本当は以前からの目標だったこと
でも今まで言っていたことが
お恥ずかしい限りで笑ってしまう事だった。
なんて世間知らずだったことかと。
自分の実力を過信していたことかと。

今、私は手応えを感じている。
積み重ねがあっての手応えだと思っている。
殻からはい出たような感覚です。
もっと上手になりたい、
さらにもっともっと。

何年か後には
必ず格差が生まれてしまう、
それは積み上げられたものの差であるから
仕方がないこと。
そのとき悔しがっても憂えてもはじまらない。
当然、仕方がないことなのだから。


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2009年6月 5日 (金)

新品、中古

新品でなければダメですか?
中古品でもかまいませんか?

私は新品が良いと思っていました。
新品と中古とではどこですみ分けられるのか?
新品を買うときに飾ってあるものを買う場合
すでにそれは新品ではないでしょう。
厳密に言えばね、すでに他の人もさわっている。
手垢がついていれば新品ではない。
箱から出していないものが新品か?

中古品はなぜダメなのか?
最近、私はそうとは思っていません。
もちろん現在、車は中古!
でもかわいがり方は新品同様です。

そんなふうに新品でなければいけない
そうは考えなくなりました。
大事に使われたものであっても
粗末に使われたものであっても、
出会いだと思えば
中古品であっても愛着はわく。

最近の不況で
新品が売れなくなっていれば
中古市場がにぎわうわけです。
当然の成り行きです。
ものが多く出過ぎても困りものですが、
中古市場が活況なら良いものも見つかるはず。

同じ品物が安く買える
これは魅力です。
新しいか古いか?
使ってないか使ったものか?
こだわるかこだわらないか?

今だからこそ
価値観の再認識は必要かと。
状況が変われば
意識や価値観も変えなければいけない。
ものが豊富にある今、
大事にすることと、
愛着を持つこと、
たとえそれが新品からでなくても
良いじゃないかと思えてきています。

稼げなくなってくると
仕方ないですかね。
寂しい気もしますが。
ライフスタイルを豊かにすることに
新品でも中古でもどちらでも良いわけです。

追伸:
偽物は論外ですよ!
当然ですね!


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2009年6月 3日 (水)

男は女性でかわるもの、教養や品格は高きを求めるもの

男は女性でかわるもの、
教養や品格は高きを求めるもの、
まったく私の場合です。

私はどうも教養のある美人で
品格があって清楚な人に
まったくもって弱い、
へろへろになってしまいます。

小さいときからそうなんですね。
憧れと夢と希望とそして求める野心と。

今の女房ですか?
私の行く末を見てもらって判断、
としか言えませんけれども。

私は常々思っていることですが
男は女性で変わるものと。
自分を高きに導いてくれる
そんな女性を見つけるべきだと思います。

男はある意味、手綱を握られていた方が
良いと思っています。
私の場合は言うまでもありません。

だから男よりも女性の方が上でなければいけない。
何が上でないといけないのか?
先ほど言ったように
教養、品格が勝っている方が良い。
それでいて男を向上させることが出来ること。

男の方もバカにされていると思ったら
もうそこで進化はありません。
吸収してやろう!
進化発展してやろう!
負けてはいられない!
こんちくしょー!
これでいいと思います。

私の人生、ズーッとこれでしたね。
そういう意味では私の女房はたいした者。
彼女もまだ日々進化しているやもしれない。
私との距離は縮まっていないのかもしれない。

彼女本人曰く
「買いかぶりすぎ」
私だっておだてることは
忘れていません。


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2009年6月 2日 (火)

契約は安心か?負担か?

私の所も以前、炉前の契約をしていました。
数量をある程度こなさなければいけない。
励みにもなっていましたが、
負担だといえば負担、ストレスはたまります。

仕事柄、定期での数量が入るわけではなく、
綱渡りでの仕事量の確保、大変なことでした。

最近のディスカウントは
消費者のためとの大義名分、
流通経費のカット、人件費のカット、
自社ブランド、無印ブランド、
でもはたしてそれだけなのか?

生産者側からはどうなのか?
流通経費をカットしてもらって
今まで以上に高く買ってもらえるならばいい。
契約させられて、囲われて、
身動きできなくて、ストレス貯まって、
これでは前の方がましだったりして。

本当は大きくても小さくても
生産者と消費者が直結しているのがベスト、
これ以上のことはない。
商売だから間には様々な
付加価値を見いだすこともできる。
でもその付加価値の方が
多く利益をとってしまって、
生産者や消費者が損をしてしまっては
本末転倒になってしまう。

所詮、人件費が一番高いものになっている。
人、一人が稼げる額は天井知らずなこともあるけれど
大まかにある範囲に収まるもの。
それ以上に付加価値を生み出してくれればいいはず。

体で稼ぐか?
頭で稼ぐか?
システムが稼ぐか?
だいたいはこれで網羅されてしまう。

自分のできる範囲を知ることが大事ですね。
無理は禁物なんです。
仕事に追われてもいけないし、
ストレスにいじめられてもいけない。
できる範囲のこともだいたい決まっている。

人間、夢も見たいです。
好きに生きたいです。
生きる上でしがらみも必要なときも、
多少のストレスも力になるときがある。

結局、ほどほどなんです。
所詮ほどほどがいい。
平らからほどほどの凸凹くらい。
それでちょうど良い。
それがちょうど良いんです。

話に惑わされてはいけません。
裏も確かめないと、
裏も想像しないと、
額面通りには世のなか
何も行われていませんからね。

お気をつけあそばせ!

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